カルロス・ヴェイガ
この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の姓)はデ・カルヴァーリョ、第二姓(父方の姓)はヴェイガです。
カルロス・ヴェイガ | |
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第2代 カーボベルデ共和国首相 | |
任期 1991年4月4日 – 2000年7月29日 | |
大統領 | アントニオ・マスカレニャス・モンテイロ |
前任者 | ペドロ・ピレス |
後任者 | グアルベルト・ド・ロザリオ |
個人情報 | |
生誕 | Carlos Alberto Wahnon de Carvalho Veiga (1949-10-21) 1949年10月21日(74歳) ポルトガル領カーボベルデ(現 カーボベルデ)、ミンデロ |
政党 | 民主運動 (1990–present) |
出身校 | リスボン大学 |
カルロス・ヴェイガ(Carlos Alberto Wahnon de Carvalho Veiga ポルトガル語発音: [ˈkaɾluz alˈbɛɾtu waˈnõ dɨ kɐɾˈvaʎu ˈvejɡɐ]、1949年10月21日-)は、カーボベルデの政治家。民主運動 (MpD)所属。1991年4月4日から2000年7月29日まで第2代首相を務めた。
ヴェイガは1949年10月21日にミンデロで生まれた。1990年にカーボベルデで民主化運動が起こり複数政党制が導入されるとヴェイガは野党である民主運動に参加し、1991年の選挙で民主運動が政権を握るとアントニオ・マスカレニャス・モンテイロ大統領のもとで首相を務めた。モンテイロが3選禁止規定によって大統領選に出馬できなくなったため、ヴェイガは民主運動の候補者として立候補するために辞任した[1]。2001年2月の大統領においてGualberto do Rosárioを首相候補とし、野党のカーボベルデ独立アフリカ党 (PAICV) のペドロ・ピレス候補と大激戦を繰り広げたが、わずか17票差で敗れた[2][3]。2006年には再び大統領選に立候補したものの、ピレスに再度敗れ去った。
脚注
外部リンク
- Official website for the legislative elections of 2011
- Biography of Carlos Veiga
現職の在アメリカ合衆国大使 | |
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特命全権大使 * |
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次期大使 | |
臨時代理大使 |
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国連大使 ** |
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その他 |
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* 米国との間で国交はあるが駐米大使が空席という国から全権代表として派遣され、かつ国連大使として米大統領に信任状を捧呈した者を含む ** 米国との間で大使を交換していない政府の国連大使のみを列挙 |