冪零群

代数的構造群論
群論
有限単純群の分類
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  • ラグランジュの定理
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  • シューア multiplier(英語版)
モジュラー群
  • PSL(2, Z)
  • SL(2, Z)
  • ソレノイド(英語版)
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  • G2(英語版)
  • F4(英語版)
  • E6(英語版)
  • E7(英語版)
  • E8
無限次元リー群(英語版)
  • O(∞)
  • SU(∞)
  • Sp(∞)

群論における冪零群(べきれいぐん、: nilpotent group)は、「ほとんど」アーベルな群である。この概念は、冪零群が可解群となるという事実に裏打ちされ、有限冪零群に対して位数が互いに素な二元は可換となる。有限冪零群はさらに超可解(英語版)でさえある。冪零群の概念の創始は1930年代におけるロシア人数学者セルゲイ・チェルニコフ(英語版)の業績に帰せられる[1]

冪零群はガロワ理論において、また群の分類理論において、用いられる。あるいはまた、リー群の分類においても顕著である。

冪零あるいは降中心列・昇中心列といった用語は、(導来群を作る操作を、リー括弧積で代用した類似概念を用いて)リー環の理論においても用いられる(冪零リー環の項を参照)。

定義

群の中心」および「交換子部分群」も参照

考えている群が冪零であるとは、以下の同値な条件の何れか(したがってすべて)を満足するときに言う:

  • 有限の長さの中心列(英語版)を持つ。それはすなわち、正規部分群からなる有限の系列 { 1 } = G 0 G 1 G n = G {\displaystyle \{1\}=G_{0}\triangleleft G_{1}\triangleleft \dots \triangleleft G_{n}=G} であって、Gi+1/GiZ(G/Gi) あるいは同じことだが [G, Gi+1] ≤ Gi となるものである。
  • 降中心列(英語版)が有限の長さで自明群に到達する。すなわち、G0G および Gi+1 ≔ [Gi, G] によって定まる正規部分群の系列で G = G 0 G 1 G n = { 1 } {\displaystyle G=G_{0}\triangleright G_{1}\triangleright \dots \triangleright G_{n}=\{1\}} とできる。
  • 昇中心列(英語版)が有限の長さでもとの群に到達する。すなわち、Z0 ≔ {1} および Zi+1Zi+1/Zi = Z(G/Zi) なる G の部分群と定めるとき、得られる正規部分群の系列で { 1 } = Z 0 Z 1 Z n = G {\displaystyle \{1\}=Z_{0}\triangleleft Z_{1}\triangleleft \dots \triangleleft Z_{n}=G} とできる。

冪零群 G に対して、G が長さ n の中心列を持つとき(定義により、長さ n を持つとは中心列に自明群と G 自身を含めて n + 1 個の部分群が並ぶときに言う)、そのような n の最小値を G冪零度 (nilpotency class; 冪零性の等級) と呼び、また G は冪零度 n の冪零群であるという。G の冪零度は、降中心列または昇中心列を用いても同じ値が定められる。[注釈 1]

冪零度を上記のどの仕方で定義したとしても、直ちにわかることに「自明群が冪零度零の唯一の群である」ことおよび「冪零度 1 の群は非自明なアーベル群である」ことが挙げられる[2][3]

よく知られた冪零群の例である離散ハイゼンベルク群ケイリーグラフの一部
  • 既に述べたように、任意のアーベル群は冪零である[2][4]
  • 小位数の非アーベルな例として、最小の非アーベル p-群である四元数群 Q8 を挙げることができる。その中心は位数 2{1, −1} であり、昇中心列 {1}, {1, −1}, Q8 が得られるから、これは冪零度 2 の例ということになる。
  • 実は任意の有限 p-群が冪零である。位数 pnp-群に対し、最大の冪零度は n - 1 である。冪零度最大の 2-群は、四元数群二面体群あるいは半二面体群(英語版)の一般化と考えられる。
  • 二つの冪零群の直積はまた冪零である[5]
  • 逆に、任意の有限冪零群は p-群の直積になる[6]
  • ハイゼンベルク群は非アーベル[7]無限冪零群の例である[8]
  • 任意の F 上の n-次冪単行列(英語版)単上三角行列)全体の成す乗法群は、冪零度 n − 1冪零(代数)群(英語版)である。
  • F 上の n-次正則上三角行列全体の成す乗法群は一般には冪零群でない(が、可解群ではある)。

用語の説明

冪零群の名称は、それが任意の元による「随伴作用」が冪零となることによる。つまり、冪零度 n の冪零群に対して、その元 g の定める作用 ad g : G G ; x ad g ( x ) := [ g , x ] {\displaystyle \operatorname {ad} _{g}\colon G\to G;\;x\mapsto \operatorname {ad} _{g}(x):=[g,x]} g, x に依らずn反復合成で自明となる(ここで、[g, x] ≔ g−1x−1gxg, x交換子である)。

これは冪零群を定義可能な特徴づけとはなっていない。実際、(既にみたように冪零度 n の)随伴作用素 adg 全体の成す群は n-次エンゲル群(英語版)[注釈 2]と呼ばれ、一般には冪零群でない。位数有限ならば冪零であることが示され、有限生成ならば冪零であろうと予想されている。

アーベル群はちょうど、そのような群で随伴作用が冪零でも自明でもないもの(1-次エンゲル群)になっている。

性質

昇中心列の連続する部分群による各剰余群 Zi+1/Zi はアーベル群であり、かつ列は有限であるから、任意の冪零群は比較的単純な構造を持つ可解群である。

冪零度 n の冪零群の任意の部分群は、冪零度高々 n である[9]。加えて、f が冪零度 n の冪零群上の準同型ならば、f の像は冪零度高々 n の冪零群になる[9]

有限群に対して以下は同値[10]であり、冪零性の有効性が顕わになる:

  • (a) G は冪零群である。
  • (b) 正規化性質: HG の真の部分群ならば、H は(HG における)正規化群 NG の真の正規部分群になる。
  • (c) G の任意のシロー部分群は正規部分群である。
  • (d) G はそのシロー部分群直積である。
証明
(a) → (b)

G がアーベル群ならば、任意の H に対して NG(H) = G であるからよい。そうでないとき、中心 Z(G)H を含まないならば、hZH −1
Z
 
h−1 = hHh−1 = H
であるから、H·Z(G)H を正規化する。

以下、それ以外のときについて G の位数 |G| に関する帰納法で示す。Z(G)H を含むならば H/Z(G)G/Z(G) に含まれる。G/Z(G) が冪零であることに注意せよ。したがって、帰納法の仮定により、G/Z(G) の部分群で H/Z(G) の正規化群であるものが存在し、H/Z(G) はその真の部分群となる。それにより、その部分群を G の部分群に引き戻せば、それは H を正規化する[注釈 3]

(b) → (c)

G の任意のシロー部分群を P とし、N = NG(P) と置く。PN の正規部分群であるから、PN の特性部分群 char N である。P = char N かつ NNG(N) の正規部分群であるから、PNG(N) の正規部分群となる。これは NG(N)N の部分群であることを意味するから、NG(N) = N であり、(b) により N = G でなければならず、それは (c) ということである。

(c) → (d)

G の位数を割り切る相異なる素数を p1, p2, …, ps とし、部分群 Pi はそれぞれシロー pi-部分群に含まれるとする。任意の t に対し、帰納的に P1P2PtP1 × P2 × ⋯ × Pt に同型であることが示せる。実際、まず各 PiG の正規部分群であるという仮定に注意すれば、積集合 P1P2PtG の部分群である。HP1P2Pt−1 および KPt とすれば、帰納法の仮定により H は直積群 P1 × P2 × ⋯ × Pt−1 に同型で、特に |H| = |P1|⋅|P2| ⋯ |Pt−1| が成り立つ。|K| = |Pt| であったから、H, K の位数は互いに素であり、ラグランジュの定理によって H, K の交わりは自明群 {1}、したがって HKH × K だが、これは作り方から P1P2Pt = HKH × K = P1 × P2 × ⋯ × Pt であり、帰納法は完成する。t = s と取って (d) を得る。

(d) → (a)

Z(P1 × P2 × ⋯ × Ps)Z(P1) × ⋯ × Z(Ps) に同型、したがって G/Z(G) = (P1/Z(P1)) × ⋯ × (Ps/Z(Ps)) となることを見るのは易しい。ゆえに (d) の仮定は G/Z(G) についても成り立つ。Pi ≠ 1 ならば Z(Pi) ≠ 1 であるから、G ≠ 1 ならば |G/Z(G)||G| より小さく、帰納法の仮定により G/Z(G) は冪零、したがって G は冪零となる。

最後の性質 (d) は無限群の場合にも拡張することができる:

命題
G が冪零群ならば、G の任意のシロー p-部分群 Gp は正規であり、それらシロー部分群の直積は G における位数有限な元全体の成す部分群に一致する。

冪零群の性質の多くは超中心群(英語版)と共通している。

注釈

  1. ^ 冪零度高々 m の冪零群を、nil-m groupm-乗零群)と呼ぶこともある
  2. ^ この呼び名に関して、冪零リー環の表現に関するエンゲルの定理を想起せよ
  3. ^ これは p-群に対するのと同じ論法—単に GG/Z(G) がともに冪零となるという事実だけあればよい—ゆえ、詳細は省略する

出典

  1. ^ Dixon, M. R.; Kirichenko, V. V.; Kurdachenko, L. A.; Otal, J.; Semko, N. N.; Shemetkov, L. A.; Subbotin, I. Ya. (2012). “S. N. Chernikov and the development of infinite group theory”. Algebra and Discrete Mathematics 13 (2): 169–208. 
  2. ^ a b Suprunenko 1976, p. 205.
  3. ^ Tabachnikova & Smith 2000, p. 169.
  4. ^ Hungerford 1974, p. 100.
  5. ^ Zassenhaus 1999, p. 143.
  6. ^ Zassenhaus 1999, p. 143, Theorem 11.
  7. ^ von Haeseler 2002, p. 15.
  8. ^ Palmer 1994, p. 1283.
  9. ^ a b Bechtell 1971, p. 51, Theorem 5.1.3.
  10. ^ Isaacs 2008, Thm. 1.26.

参考文献

  • Bechtell, Homer (1971). The theory of groups. Addison-Wesley 
  • Hungerford, Thomas Gordon (1974). Algebra. Berlin: Springer-Verlag. ISBN 0-387-90518-9. https://books.google.co.jp/books?id=t6N_tOQhafoC 
  • Isaacs, I. Martin (2008). Finite group theory. American Mathematical Society. ISBN 0-8218-4344-3 
  • Palmer, Theodore W. (1994). Banach algebras and the general theory of *-algebras. Cambridge, UK: Cambridge University Press. ISBN 0-521-36638-0. https://books.google.co.jp/books?id=zn-iZNNTb-AC 
  • Suprunenko, D. A. (1976). Matrix Groups. Providence, Rhode Island: American Mathematical Society. ISBN 0-8218-1341-2. https://books.google.co.jp/books?id=cTtuPOj5h10C 
  • Tabachnikova, Olga; Smith, Geoff (2000). Topics in Group Theory. Springer Undergraduate Mathematics Series. Berlin: Springer. ISBN 1-85233-235-2. https://books.google.co.jp/books?id=DD0TW28WjfQC 
  • von Haeseler, Friedrich (2002). Automatic Sequences. De Gruyter Expositions in Mathematics. 36. Berlin: Walter de Gruyter. ISBN 3-11-015629-6. https://books.google.co.jp/books?id=wmh7tc6uGosC 
  • Zassenhaus, Hans (1999). The theory of groups. New York: Dover Publications. ISBN 0-486-40922-8. https://books.google.co.jp/books?id=eCBK6tj7_vAC 

関連文献

  • Stammbach, Urs (1973). Homology in group theory. Lecture Notes in Mathematics. 359. New York: Springer-Verlag : review

外部リンク

  • Renze, John. "Nilpotent Group". mathworld.wolfram.com (英語).
  • nilpotent group in nLab
  • nilpotent group - PlanetMath.(英語)
  • Shmel'kin, A.L. (2001), “Nilpotent group”, in Hazewinkel, Michiel, Encyclopedia of Mathematics, Springer, ISBN 978-1-55608-010-4, https://www.encyclopediaofmath.org/index.php?title=Nilpotent_group