古庄健介
古庄 健介(ふるしょう けんすけ、1938年(昭和13年)4月5日[1] - 2022年(令和4年)12月28日[2])は、日本の政治家。元佐賀県武雄市長(2期)。
来歴
佐賀県出身[1]。東京大学文学部中退[1]。川口商店店主[3]、武雄市教育委員、武雄青年会議所理事長を経て[1]、1983年、武雄市議会議員[1]、1987年、佐賀県議会議員となり、3期務める[1]。この間、自由民主党佐賀県支部連合会政務調査会長を務めた[4]。1998年に武雄市長に当選、合併するまで2期務めた。
2006年に武雄市は北方町、山内町と合併し、新たな武雄市が発足した。合併後の武雄市長選挙に立候補したが、元総務官僚の樋渡啓祐に敗れた[5]。2年後、市民病院移譲問題による現職市長のリコール運動が起こり、辞職による出直し市長選挙が行われ、再び立候補したが、前職の樋渡に敗れた[6]。
2022年(令和4年)12月28日午後2時5分、武雄市内の病院で亡くなった。享年84歳[2]。
脚注
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参考文献
- 『新訂 現代政治家人名事典 : 中央・地方の政治家4000人』日外アソシエーツ、2005年。