山崎安治

山崎 安治(やまざき やすじ、1919年11月13日 - 1985年3月11日)は、日本の登山家

神奈川県小田原生まれ。1942年早稲田大学法学部卒、日刊スポーツ新聞社に入り、文化部長、整理部長を務めた。日本の積雪期登山の先駆者の一人で、昭和10年代に早大山岳部の主力メンバーとして、穂高岳や冠帽峰(北朝鮮)に極地法登山を展開、初登攀記録も作った。のち登山史研究に専念[1]日本山岳協会常任理事。

著書

共編著

翻訳

脚注

  1. ^ 20世紀日本人名事典
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