綾部惣兵衛
綾部 惣兵衛(あやべ そうべえ、慶応3年6月6日[1](1867年7月7日) - 大正12年(1923年)10月5日[2])は、日本の衆議院議員(憲政本党→立憲国民党→立憲同志会→憲政会)。薬剤師。
経歴
武蔵国入間郡川越町(現在の埼玉県川越市)出身。東京帝国大学医科大学製薬科や日本薬学校で薬学を学んだ後、郷里に薬局を開き、後には日本薬剤師会埼玉支部長となった[1]。また川越町会議員、入間郡会議員、同参事会員、埼玉県会議員、同参事会員に選出された[3]。
1908年(明治41年)、第10回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第14回に至るまで4回当選を果たした[3]。
その他に川越商業会議所副会頭を務め、また日本薬剤株式会社取締役、帝国化学製麻株式会社取締役、中武銀行取締役、関東印刷株式会社取締役、東日本炭鉱株式会社監査役を務めた[3]。
「志義町通り」 明治44年頃、中央が大塚屋の綾部薬局(綾部惣兵衛)、一軒おいて呉服太物の亀屋、さらに洋物商松定(松村定兵衛)など、どれも蔵造りで、この辺の街並みは立派だった。また松定は国旗、旗竿なども商っていたので、いつも大きな日の丸の看板を掲げていた。 — 岡村一郎著『写真集 明治大正昭和 川越』ふるさとの想い出 より抜粋[4]
脚注
参考文献
- 細井肇『現代日本の政治家』国光社、1916年。