鎖状環

数学鎖状環(さじょうかん、: catenary ring)とは、可換環 R であって、その素イデアルの任意の組 pq を結ぶ真に増大する素イデアルの極大鎖

p = p0p1 ... ⊊ pn = q

が全て同じ有限の長さを持つもののことをいう[1][2]。鎖の長さ n を幾何学的にいうと、素イデアルに対応する代数多様体の次元(英語版)は素イデアルが大きくなると減少するので、これは次元の差である。

環が強鎖状環(きょうさじょうかん、: universally catenary ring)であるとは、その環上の有限生成な環が全て鎖状環であることをいう。

"catenary" という言葉は鎖(chain)を意味するラテン語の catena から来ている。

ネーター局所環については次の包含関係が成り立つ。

強鎖状環コーエン・マコーレー環ゴレンシュタイン環完全交叉環正則局所環

次元公式

A をネーター整域、BA 上有限生成な整域とする。PB の素イデアル、p をこれと A の共通部分とするとき、

height ( P ) height ( p ) + tr.deg. A ( B ) tr.deg. κ ( p ) ( κ ( P ) ) {\displaystyle {\text{height}}(P)\leq {\text{height}}(p)+{\text{tr.deg.}}_{A}(B)-{\text{tr.deg.}}_{\kappa (p)}(\kappa (P))}

が成り立つ[3]A が強鎖状環であれば等式が成り立ち、これを強鎖状環の次元公式という。

ここで、κ(P)P剰余体で、tr.deg. は(商体の)超越次数である。

なお、A が強鎖状ではなくとも、 B = A [ x 1 , , x n ] {\displaystyle B=A[x_{1},\dots ,x_{n}]} であれば、等式はやはり成り立つ[4]

代数幾何学に現れるほとんどすべてのネーター環は強鎖状である。例えば次の環は全て強鎖状である。

  • 強鎖状環上有限生成の環

鎖状だが強鎖状ではない環

強鎖状ではないネーター環の例を作るのは簡単ではない。最初の例は永田雅宜が見つけた、鎖状だが強鎖状ではない2次元ネーター局所整域である[5]

永田の例は次のようなものである。k を体、Sk 上の形式的ベキ級数環とし、その不定元を x とする。形式的ベキ級数 z = Σi > 0 ai xizx が代数的独立になるものとする。

z1 = z, zi+1 = zi / xai と置く。

Rx と全ての zi で生成される(非ネーター)環とする。

m をイデアル (x)nx – 1 と全ての zi で生成されるイデアルとする。どちらも R の極大イデアルで、剰余体は k と同型である。局所環 Rm は1次元の正則局所環で、局所環 Rn は2次元のネーター正則局所環である(このことの証明には zx が代数的独立であることを使う)。

Bmn に入らない要素全体についての R の局所化とする。B は、2つの極大イデアル mB(高さ1)と nB(高さ2)を持つ2次元のネーター半局所環になる。

IBジャコブソン根基とし、A = k + I と置く。環 A は、I を極大イデアルとする2次元の局所整域になっていて、2次元の局所整域は全て鎖状なので、鎖状である。環 A は、B がネーターかつ有限 A 加群なので、ネーターである[6]。しかし A は強鎖状ではない。もし強鎖状であれば、強鎖状環についての次元公式から B のイデアル mBmBA と同じ高さを持つはずであるが、後者のイデアルの高さは dim(A) = 2 と等しいからである。

永田の例は準優秀環にもなっているので、優秀環ではない準優秀環の例にもなっている。

関連項目

  • 形式的鎖状環(英語版)(実は強鎖状環と同じ)

脚注

  1. ^ Stacks Project, Tag 00NI, https://stacks.math.columbia.edu/tag/00NI 
  2. ^ EGA IV1, 16.1.4.
  3. ^ Stacks Project, Tag 02IJ, https://stacks.math.columbia.edu/tag/02IJ 
  4. ^ http://www.math.lsa.umich.edu/~hochster/615W14/615.pdf
  5. ^ Masayoshi Nagata (1956, 1962, page 203 example 2)
  6. ^ 上昇定理の帰結。「上昇と下降」参照。

参考文献

  • H. Matsumura, Commutative algebra 1980 ISBN 0-8053-7026-9.
  • Nagata, Masayoshi (1956), “On the chain problem of prime ideals”, Nagoya Math. J. 10: 51–64, MR0078974, http://projecteuclid.org/euclid.nmj/1118799769 
  • Nagata, Masayoshi (1975) [1962]. Local rings. R. E. Krieger Pub. Co. ISBN 0-88275-228-6. https://archive.org/details/masayoshi-nagata-local-rings-reprint-r.-e.-krieger-pub.-co 
  • Grothendieck, Alexandre; Dieudonné, Jean (1964). “Éléments de géométrie algébrique: IV. Étude locale des schémas et des morphismes de schémas, Première partie”. Publications Mathématiques de l'IHÉS 20: 5–259. MR0173675. http://www.numdam.org:80/numdam-bin/feuilleter?id=PMIHES_1964__20_. 

外部リンク

  • The Stacks Project Authors, The Stacks Project, http://stacks.math.columbia.edu/